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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)6号 判決 1988年11月30日

大阪府吹田市山田東四丁目四一番五-一一一五号

控訴人

廣尾春一

右訴訟代理人弁護士

守井雄一郎

右訴訟復代理人弁護士

西垣昭利

大阪市吹田市片山町三丁目一六番二二号

被控訴人

吹田税務署長

村本理

右指定代理人

細井淳久

田原恒幸

田中猛司

西尾了三

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して昭和五九年七月四日付けでなした控訴人の昭和五八年分の所得税についての更正処分及び重加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

左のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(原判決事実摘示の付加、訂正)

一  二枚目表一一行目及び三枚目表七行目の各「本件建物」を、各「本件土地建物」と改める。

二  二枚目裏について、初行の「同年」を「昭和五九年」と改め、一〇行目の「同月二七日、」の次に「大阪」と付加する。

三  四枚目表末尾から二行目の「措置法三一条三項」の次に、「(昭和六二年法律第九六号による改正前)」と付加する。

四  五枚目裏一〇行目から一一行目にかけての「株式会社館ハウジング」を、「館ハウジング株式会社」と改める。

五  六枚目表一〇行目の「許可申請」を、「許可申請書」と改める。

六  七枚目裏について、初行及び二行目の全部を「1 被控訴人の主張1、2の事実のうち、譲渡収入金額、取得費及び譲渡費用については認めるが、特別控除額及び譲渡所得金額は争う。特別控除額は措置法三五条一項の適用を受けて三〇〇〇万円であり、譲渡所得金額は四九万二三〇〇円となる。」と改め、三行目の冒頭の「3」を「2」と、四行目の冒頭の「4」を「3」と、六行目の冒頭の「5」を「4」とそれぞれ改める。

(控訴人の主張)

(一) 原判決が、(1)本件建物が控訴人の所有する唯一の住宅用建物であること、(2)控訴人が昭和五七年七月ころ本件建物に寝具と生活用具を持ち込んだこと、(3)控訴人がそのころ近所に引越の挨拶をしたこと、(4)控訴人が延べ日数で一〇日程度本件建物に寝泊り、起居したことがあることを認定しながら、結論としては、控訴人が本件建物を生活の本拠としてこれに居住していたものと認めることはできないと判断したのは、老人の現実の生活に対する思慮を欠くものであつて、不当であり遺憾である。

原判決は、税務行政の立場と同様に住所、居住もしくは生活の本拠の観念を青壮年の生活を基本とする典型的な場合を想定して、控訴人の居住の態様は右の典型的な居住の範疇に入らないと解しているのである。

しかし、原判決が採用した右のような判断基準は現実的でなく相当でない。何故なら、現在の住所もしくは居住の観念は実に多様化しているのであつて、その多様性を認めない限り、法の適用において極めて大きな不公平が生ずるからである。例えば、今日では大企業の従業員には単身赴任が多い。彼らは赴任先の住居(例えばマンション)と家族の居住家屋(自宅)との間に往つたり来たりする。日常的にはマンションで生活しており、年に数回自宅に戻つて家族に会うとする。このようなケースではマンションも自宅も共に彼の現に居住する家屋とみてよい筈である。家族の支柱としての存在と企業人間としての存在が、二つの住居(生活の本拠)を持つことを必須ならしめているのである。また、例えば、自宅が余りにも狭いために、それを補充するものとしてすぐ近所にもう一軒求めて、その両方を生活の本拠とする場合もあるであろう。(土地が高価でなく、土地税が安かつた)以前であれば母屋と離れといつた程度のものが二軒に別れただけであつて、機能的には同一である。

本件においても、仮に控訴人の自宅が剛一宅のすぐ隣りにでも位置しておれば、問題にはならなかつたであろう。控訴人は昼間は孫の面倒を見て食事は剛一宅でよばれて、夜には自宅に毎晩帰ることができたであろう。現実には、少しばかり距離が離れ過ぎていたため、親と子の情に影響されて、控訴人が自宅に戻ることが少なかつただけのことでる。

控訴人は、剛一のところばかりに居たのではない。名古屋に居る娘の家にも度々行つていた。老人になれば誰でも、自宅を持ちながらも娘や息子のところにより長く居たいのではないだろうか。いやなことがあれば、自宅へ戻ればよい。楽しいことが続けば、息子や娘宅にいつまでいてもよい。これが老人の住生活における幸せというものである。そういう意味では、控訴人が余り自宅に帰らなかつたのは、比較的に幸せな老人であつた証左というべきかもしれない。

老人が住所として意識している自宅に帰らないで息子や娘宅で生活したがるのは、何ら珍しくないことであつて、ましてや控訴人は妻に先立たれた独り身の老人である。独り身の老人であつて親孝行な息子や娘がいるケースでは、老人が自宅に定住する割合は極めて小さいものであつて不思議ではない。

だからといつて、自宅が老人の生活の本拠でないということは妥当でない。老人という立場で老人の生存のありようを理解し、諸種の事情によつて余儀なくされる現在の老人社会の生活の現実を考慮するのでなければ、老人の生存の権利を保障することはできない。息子、娘がいる独り身の老人が独立した住生活を意図しており、かつ、現に当該家屋に居住するといつても、せいぜい本件のような程度でしかない場合のあることは、老人の立場に立てば容易に理解できることである。

一般に、老人が息子夫婦と同居してうまくやつていくことは難しいことであつて、老人の逃げ場(息抜きの場)としての自宅(自分の城)がある場合の方がかえつてうまく息子夫婦と共生できるものである。そして老人は息子夫婦のもとでうまく適応できればできる程自宅へ帰らなくなるものである。

右のような関係をよく理解しないで、控訴人において生活の本拠であると主張する本件建物が措置法三五条一項にいう「居住の用に供していない家屋」に該当しないと判断することは、誤つた独断である。

なお、原判決は、控訴人が昭和五七年七月に本件建物に搬入した世帯道具が僅かであつたこと、控訴人が本件建物で生活した日数が少ないことを指摘しているが、控訴人は剛一宅で世話になつて同居していたためもともと独立の生活手段たる大規模な動産を有していたわけではないから、このことをもつて控訴人の居住の用に供する意思を疑うことは酷であり、右日数の点は単に親ばなれ子ばなれの程度の問題に過ぎないのであつて、この点を過大視することは相当でない。

(二) 原判決は、控訴人が故意に課税標準の計算の基礎となる事実を仮装し、右仮装したところに基づき確定申告書を提出したという認定をしたが、これは著しい誤認である。

本件税務申告は、税理士と相談して税理士が代理して手続を行つた。税理士は「譲渡者が当該建物を生活の本拠(自宅)とする意思で、そこで起居し、これを使用していたのであれば特例の適用が受けられる。その際その期間の長短は直接関係しない。」という見解であり、右見解に従つて本件申告に及んだものであつた。

措置法第三五条一項の該当性につき解釈上微妙な問題があり、専門家の見解としても疑義があつて解釈が一見明らかであるといえない本件のごとき事例について、税務署の解釈が違うからといつて、あえて事実を仮装したとまで推認することは、実際以上に過大に悪質視することになり、極めて苛酷な結果をもたらす。

税理士は税務署(国家)の代理人ではないのであるから、できる限り納税義務者(国民)に利益となる解釈をとろうとするのは自然であり、このことはなんら非難すべきことではない。

本件のごとき評価の別れうる事実関係のもとにおいて、控訴人が税理士の判断を受けて確定申告を行つた事例について、解釈の相違から右申告が結果的に誤つていたと看做される場合であつても、これをあえて仮装したものと推認して重加算税まで賦課することは、法の解釈適用における税務行政への必要以上の卑屈な迎合を強いる傾向を助長するものであつて、国民の権利主張を封ずるものとして失当と言わねばならない。本件重加算税の賦課決定処分は、国民の税務行政に対する批判の精神を萎縮させる役割を果たすものであつて、明らかに不当な行き過ぎである。

本件は明らかにその出発点において法解釈上の見解の争いが存在する。控訴人は、本件の事実関係において措置法第三五条一項の居住控除が認められないのは同法の解釈適用を誤るものだと主張しているに過ぎず、虚偽の事実関係を主張したことも事実関係を虚構したこともない。

なお、原判決は、剛一が建築請負を業とする会社(いわゆる不動産業ではない。始源的な表現をすれば、「大工」の範疇であつて、「不動産屋」の範疇ではない。)を経営している事実を誤解し、「不動産取引関係の事業に従事し、居住用家屋の譲渡における特別控除の制度を熟知していると考えられる」と誤認しているが、このことは原判決が行政の解釈に無批判に従つたことと無関係ではないと解するものである。

(被控訴人の主張)

(一) 控訴人の当審における主張一について

原判決は、控訴人の指摘する各事実に加えて、原判決において認定したその余の諸事実を総合して、控訴人が本件建物を生活の本拠としてこれに居住していたものと認めることはできないと判断したのであつて、むしろ、右諸事実を総合すれば、控訴人の主張する「老人の現実の生活」の本拠は剛一宅であつたことが明らかであるから、原判決の判断は何ら不当ではない。

(二) 控訴人の当審における主張二について

控訴人は、税理士に責任を転嫁しようとするが、税理士が控訴人主張のとおりの見解であつたとしても、控訴人は次のような仮装行為をしているのであるから、本件確定申告は単なる見解の相違によるものとはいえない。

すなわち、仮に、控訴人主張のとおり、控訴人が昭和五七年七月頃本件建物に寝具と生活用具を持ち込み近所に引越しの挨拶をしたとすれば、少なくともそれ以前には本件建物に居住していなかつたことが明らかであるところ、控訴人の確定申告書に添附された「譲渡内容についてのお尋ね兼計算書」(乙一五号証)には、「居住期間五六年四月から五七年一二月まで」と記載されており、あたかも昭和五六年四月から一年八か月間も居住していたかのように虚偽の申告をしているのである。

なお、控訴人は昭和五七年七月に本件建物において給水工事を施行したが、せん種は「工事用(現場事務所用」)であり、居宅の場合の「一般用」に比すれば、水道料金は僅かに高いものの、神戸市に納付すべき分担金四万円の負担を免れるものである。また、控訴人は同年一〇月に初めてプロパンガス設備を購入しているが、そのガスは僅か二キログラムに過ぎない。

右事実によると、給水工事の施行もプロパンガス設備の購入も、原判決の認定したような剛一の事業のためというより、むしろ、本件土地の売却を予定し、居住の事実を仮装するためにしたものとみることもできよう。

さらに、控訴人は、剛一が居住用家屋の譲渡における特別控除の制度を熟知していた旨の原判決の認定を誤認である旨主張するが、右認定事実は控訴人の自認するところであり、控訴人の右非難は失当である。

第三証拠関係

原審及び当審の各訴訟記録中の各証拠目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴各請求は理由がないからこれを棄却すべきであると思料する。その理由とするところは、次に付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

二  (原判決理由説示の付加、訂正)

一 原判決八枚目裏について、九行目の「本件建物」を「本件土地建物」と改め、一一行目の「2の一ないし四」を「1、2の事実のうち譲渡収入金額、取得費及び譲渡費用」と改め、末行の「甲第一、」の次に「第一〇号証、」と付加する。

二 同九枚目表について、二行目の「二ないし四、」の次に「第一六号証。」と付加し、七行目から八行目にかけての「一四号証の五」を「一四号証の一及び五」と改める。

三  同九枚目裏について、四行目の「本件土地」の次に「を含む同市北区南五葉一丁目二番二の土地」と付加し、五行目の「四月五日」を「四月一五日」と改め、五行目の「新築した。」の次に「なお、その後右土地が本件土地と隣接地に分筆された。」と付加し、六行目の「同日」を「昭和五六年四月一日」と改める。

四  同一〇枚目表について、四行目の「昭和五六年」から七行目の「届出た」までを、「昭和五六年四月二四日、同月二一日に従前の住民票上の住所地を転出して本件建物の所在する同市北区南五葉一丁目二番二号(その当時本件土地は未だ分筆されていなかつた。)に転入した旨届出た」と改める。

五  同一一枚目裏末行から一二枚目表初行にかけての「許可申請」を、「許可申請書」と改める。

六  同一三枚目裏五行目の「その判断は、」の次に、「その者の当該家屋の現実の利用状況に加えて、」と付加する。

七  同一四枚目表七行目の「当時七三歳」を「本件土地建物を取得した当時七二歳」と改める。

八  同一五枚目裏について、六行目の「四月二一日」を「四月二四日」と改め、九行目の「二番二号に」の次に「同月二一日に」と付加する。

九  同一六枚目表について、七行目の「相当であり」の次に

「(仮に本件建物の所在地に転入届をする際には本件建物に居住する意思があつたとしても、その後間もなく当分の間は本件建物に居住しないことになつたのであるから、すみやかに剛一方に再び転入届をなすべきであつたのに、これをなすことなく放置していたものである。)」と付加し、一〇行目の「写し」の次に「及び同月から昭和五七年一二月まで本件建物に居住していた旨記載した『譲渡内容についてのお尋ね兼計算書』」と付加し、一二行目の「第三号証、」の次に「成立について当事者間に争いがない乙第一五号証及び一七号証、当審における証人山口明文の証言、」と付加する。

三 (当審において付加する理由説示)

一 控訴人は、本件土地建物が措置法三五条一項所定の居住用財産に該当しないとした原判決の認定を非難する。

控訴人の主張のうち、現在の住所の概念が従前に比べて多様化していること、老人において、自宅での生活のほかに、息子や娘の家を訪れてそこに滞在することがあり、それが老人の幸福に結びつくことは、これを肯認することができる。したがつて、自宅を生活の本拠とする者が自己の親族の家などを訪問して同所に一定期間滞在したからといつて、右事実によつて直ちに自宅がその者の生活の本拠ではなくなつたということができないのはもちろんであるが、右の者が長期間自宅を離れて他の場所で継続して生活するようになれば、自宅を所有していても他の場所をもつて生活の本拠とみるべき場合が生じ得ると考えられるところ、その者が老人の場合は、同人の生活の本拠がどこにあるかを判断するにあたつて、同人の家族関係、同人が自宅を離れて息子や娘などの家に滞在する理由等について十分検討することを要し、単に同人の自宅での生活日数が少ないことのみをもつてその自宅が生活の本拠ではないと判断してはならないと思料される。しかしながら、措置法三五条一項の適用を受けるためには、ともかく当該家屋が生活の本拠として使用されていたことが必要なのであつて、他に家屋を所有していないからといつて直ちにその適用があるとすることはできず、また、右適用要件を安易に緩和することも相当でない。

本件においてこれをみるに、本件全証拠によつても、控訴人において、本件建物を生活の本拠としながら、剛一方などを訪れて滞在していたものとはとうてい認められないのであつて、かえつて、控訴人の生活の本拠は剛一方にあつたことが明らかである。控訴人において主張するように控訴人の自宅が剛一方の直近にあつた場合は、控訴人において自宅を生活の本拠としつつ必要な場合に剛一方を訪問することが容易であつたであろうが、距離が離れていても控訴人において本件建物を生活の本拠とすることは十分可能であつたと考えられる。しかるに、控訴人の本件建物の利用状況は、これを生活の本拠にしていたというにはほど遠いものであつたといわざるを得ない。

したがつて、本件建物が措置法三五条一項所定の居住用財産に該当しないとした原判決の判断は相当であつて、控訴人の当審における主張一は失当である。

二 控訴人の当審における主張二について

控訴人は、本件税務申告は税理士と相談してその見解に従つてなしたもので、措置法三五条一項の解釈が被控訴人のそれと異なつたにすぎないから、重加算税を賦課すべき理由がない旨主張する。しかしながら、成立について当事者間に争いがない乙第六号証、乙第一五号証及び乙第一七号証並びに当審における証人山口明文の証言によると、本件税務申告は税理士である右山口に相談してなされ、確定申告書等の必要書類も同人が作成したものであるが、その際、控訴人の意を受けた剛一において右山口に対して、控訴人が昭和五六年四月に本件建物に転居してそれ以後本件建物を生活の本拠としていた旨真実とは異なる事実を告げ、これに基づいて右山口が右各書面を作成するに至つたことが認められるのであつて、単に法解釈の差異にすぎないということはできず、当審において付加、訂正のうえ引用した原判決記載のとおり控訴人に国税通則法六八条一項所定の事由があつたと認められるから、控訴人の右主張も理由が少ない。

四 以上により、控訴人の本訴各請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 妹尾圭策 裁判官 中田昭孝)

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